「ものがたり」を書こうと思う。

小学生3、4年生向けの
「ものがたり」を書き切りたい。

博多ブログを
書いている理由は
自分とローカル(地域)との
関係のきっかけを
残すこと

コンセプトにしているから。

最近は
博多ブログの内容を
直接、読者さんに
褒められることがある。

ものすごく嬉しい。

博多ブログは
SNSでバズる文章ではない。

読んだ人に余韻が残るような
文章を書きたいから。

また、自分が読み返したときに
読みやすい文章であること、
等身大の自分であることも、
大事にしていきたい。

最近は、
九州に関係する人に伝えたい、
残したいと思い、
西日本新聞に
自分のエッセイを投書した。

自分以外のために文章を伝えたい、
残したい、という気持ちが強くなった。
承認欲求や
自己顕示欲は、もちろんある。

その欲と素直に向き合いながら
誰かのために残したい、
自分のために残したい、
具体的な
誰かに伝えたい。残したい。

なぜ?いま?
児童文学を書くのか?
理由は複数あるけど、
一番の理由は
自分が小学生だったとき
大人になったときでも
読みたくなるような
ワクワクするような
「ものがたり」を書きたいから。

AI時代だからこそ、
AIによる執筆は行いたくない。

博多ブログもAIによる執筆は
「ほぼ」行っていない。
たまに添削自体は行うが
完全に辞めようと思う。

どの表現にするかも含めて
時間をたっぷり掛けて
自分の言葉を綴りたい。

博多ブログは仕事でもなく、
成果をすぐに
求められない活動だからこそ
AIを使わずに
執筆の過程を楽しみ、
苦しみ、
地に足をつけて
文章や創作の力を伸ばしたい。

なので、自分が書く
児童文学の「ものがたり」も
AIによる執筆は一切なしで
新人賞に応募しようと思う。

そもそも新人賞は
AIによる執筆を禁止にしている
ところが多い。

基本的に本を読むときに
読者はAIが
使用されているかを
意識しないはず。

「ものがたり」自体が面白いか
だけを判断するから。
AIを使用しても
作者自身が納得すれば良いのでは?
と思っていた。

しかし、文学系の
新人賞で
AIを禁止にしている
理由は「推敲」
つまり、
「表現の変更」や
「文章を整える」こと自体は
AIやプロの編集者でも

出来るからだよね。

そして、新人賞は特に
作家の内側から出る文章や
表現、文体、原石

みたいなものを、
審査員が素直に
向き合いたい
からだと思う。

極端な話、
出版社の新人賞でなければ
AIを使っても良いし、
AIを使う前提の創作なら、
AI創作の新人賞ジャンルで良い。
文章創作においてのAIの使い方、
プロンプトの出し方、工夫自体
を評価すれば良いよね。

AIを使用して、
面白い文章を書ける人は
編集や推敲の能力が高いと思う。
だから、AI執筆において
評価する部分はその能力になる。

※新人賞でもAI執筆の
ルールは出版社によって異なる

自分が児童文学で
書きたいテーマや
残したいメッセージ性は
ほぼ決まっているけど
テーマには引っ張られずに
説教くさくならないよう
次のページをめくりたくなるような
「ものがたり」を書き切りたい。

ジブリ映画の
「耳をすませば」の
ヒロインの
雫(しずく)が「ものがたり」
を書き切ったように
自分も「ものがたり」
を書き切りたい。

もちろん、「エッセイ」と
「ものがたり」
では、使う脳が全然違うのと、
難しさも大きく異なる。
「ものがたり」は
総合文学だと思う。

博多ブログから
少しずつ、
少しずつ、
ネットから飛び出して
印刷されて残るもの
(新聞や本)
に対しての文章による
創作活動に今は向き合いたい。

しかし、
仕事が忙しく、
心に余裕がなくなると
創作できないのも分かる。
けど、それ自体も受け入れたい。
書けないときは書けない。
書けるとき書けば良い。

その気持ち自体を
未来の自分に向けて
博多ブログに残したいから
今、書きました。

最後まで読んでくれた方
本当にありがとう。

締めは、この一曲
「バロンの歌」

さあ でかけよう
出発の刻(とき)が来た
磁石も地図も捨てて
世界を股にかけ
さあ でかけよう
出発の刻(とき)が来た

引用元:「バロンの歌」








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先日、昔ながらの喫茶店に行った。

今回で二回目くらいだったと思う。

福岡市の水鏡天満宮横丁の
古い建物の中にある、
小さなお店だ。
店名は「百貨蔵」で
年配の女性店主さんが
一人で切り盛りをしている。

昔ながらの食器が並び、
本棚には常連さんたちが
置いていった本が並んでいる。
本は貸してもらえるらしい。

店内には看板猫がいる。
名前は「チャー坊」。

チャー坊は人に慣れていた。
気づけば椅子の上にいたり、
丸くなっていたりする。
店の一部というより、
昔からそこにいる住人のようだ。

コーヒーを飲み、
裏メニューのように出してくれた、
蜂蜜トーストを食べた。
トーストの値段は破格の百円で
食パンも蜂蜜も
仕入先にこだわっているみたいだ。
もちろん、美味しい。
美味しい蜂蜜と美味しい食パンの
組み合わせはズルいよね。

休日の時間がゆっくり流れた。

そのあと、店主さんと少し話した。

近くで都市開発が進んでいて、
この場所を離れないといけないらしい。
新しい場所は用意されるという。

だから聞いた。

「新しい場所で続けるんですか?」

店主さんは少し笑って、

「続けないと思う。もう、私も歳だしね」

その言葉が、少し残った。

都市開発は悪いことではないと思う。

街は変わるし、便利になる。
新しい人も集まる。

その変化で救われる人もいる。

でも、その変化の途中で、
静かに終わっていく場所もある。

帰り道、考えた。

人は、
何かを失いそうになってから、
あるいは失ってから
気づくことが多い。

閉店のお知らせを見てから、
もっと行けばよかったと思う。

好きだった番組が終わってから、
もっと見ればよかったと思う。

好きだったアイドルの
解散や活動終了を知ってから、
もっと応援しておけば
よかったと思う。

でも、本当は終わる前に
気づけた方がいい。

だから、
好きな場所には、
終わる前に何回も行こうと思った。

コーヒーを飲みに。
蜂蜜トーストを食べに。
チャー坊に会いに。
本棚を眺めに。

そして帰る前に、
店主さんへ伝えようと思う。

「この店、好きです」

と言いたいけれど、
たぶん、
恥ずかしくて言えない。

だから次に行ったときは、
コーヒーを飲んで、
蜂蜜トーストを食べて、
猫に会って、
本棚を眺めて、
最後に小さく、

「また来ます」

くらいは言えたらいいかな。

今回は少しだけ
物語みたいに書いてみた。

なくなる前に
何か残したかった。

写真でもなく
動画でもなく
自分は文章で。

文章に残すというのは、
そういうことなのかもね。

終わる前に、行こう。

百貨蔵 へ。
チャー坊に会いに。

※本記事をもとに内容を再構成した
原稿を西日本新聞の読者投稿欄
「こだま」へ投稿済です。

追記
2026/7/10(金)
西日本新聞の朝刊にて
本ブログの内容がもとにした
エッセイが掲載されました。
ご担当いただいた記者の方、
本当にありがとうございました。

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東京から博多までは、
新幹線でおよそ5時間かかる。
5時間。
長いといえば長いし、
短いといえば短い。
寝ることもできる。
映画を観ることもできる。
本を読むこともできる。
仕事をすることもできる。

今回は、
この5時間を振り返りの
時間にしようと思う。

2026年3月の振り返り。

3月は他にも
いろいろあったけれど、
まず書きたいのはマラソンのこと。

走る側ではなく、
応援する側に立ったこと。

海の中道はるかぜマラソン
(FM福岡主催)
のボランティアに参加した。

マラソンのボランティアには、
どうしても参加したかった。

去年の福岡マラソンで、
自分は膝を壊して、
歩けなくなった。

もう走れないし、
歩くのもしんどい。
そんなときに、
ボランティアの人たちに救われた。

だから今度は、
自分が誰かに返したかった。

そんな気持ちで参加した。

担当は給水。
給水なんて、紙コップに
水を入れて渡すだけだろうと
思っていたけど、
意外と奥が深い。

水を入れる量。
コップの並べ方。
ランナーが取りやすい位置。
手渡すタイミング。

ただ水を置いているだけでは、
うまくいかない。

ベテランの
ボランティアおじさんが、
効率のよいやり方を教えてくれた。

このような現場には、
しっかりと知恵がある。

ボランティアに参加している
人たちを見ていると、
10代と50代、
60代くらいの人が多い気がした。

30代、
40代はあまり見かけなかった。

20代~40代は、
現役ランナーとして
走っている側なのかもしれない。

10代の子たちは、
とにかく元気だった。

応援する力も、
いまを楽しむ力も、
同級生と一緒に笑う力も、
すごい。

あー青春だなと思う。
あーエモいなと思う。

初めて応援する側に立ったけど、
ランナーから「ありがとう」と言われると、
思っていた以上にうれしい。

走っている人に水を渡す。
声援をかける。

それだけのことなのに、
人と人がつながっている感じがする。

一方で、足を痛そうにしている
ランナーを見ると、去年の自分を思い出す。

「がんばれ」と簡単には言えない。
内心では、無理すんな。
もう十分すごいよ。
諦めてもいいのに。
そんなことを思っていた。
それでも、みんな走っている。
そもそも、
なんでみんな走っているんだろう。
たぶん、走りたいから走っている。
それ以外に、
そんなに大きな理由は
ないのかもしれない。

そんな姿を見ていると、
自分もまた走りたくなる。

給水をしながら、
応援をしながら、
そんなことを考えていた。

応援っていいよね。

ボランティアが
終わった帰り道、
ご年配の方と一緒になった。

話をしていると、
同じFM福岡のラジオ番組を
聞いていることがわかった。

同じ番組を聞いている人に
会えるのは、なんだかうれしい。

ラジオの話をしながら
帰っていたけれど、
最後にひとつ、
真面目な質問をしてみた。

「今、ご年配の方に何を学んだら良いですか?」

少し考えて、その方は言った。

「戦争を経験した人から、
直接話を聞くこと。
本でもわかるけれど、
対面で、その人の声で
聞くことが大事だよ。
戦争を経験している日本人は、
いずれいなくなる。
わたしたちの世代は、
親から戦争の残酷な話を
ずっと聞いてきた。
でも、これからはそれが聞けなくなる。
だから、まずは聞くことかな」

そんな話をしてくれた。

言われていること自体は、
たぶん当たり前のこと
なのかもしれない。

でも、実際にご年配の方から、
目の前で言われると感じ方が違う。

しかも、同じラジオ番組を
聞いている人から言われたからか、
すごく心に残った。

できるかわからないけれど、
今年のアクションプランとして、
戦争を経験した人の話を
対面で聞いてみたい。
質問してみたい。

そして、その話を自分たちの世代や、
もっと下の世代にも少しだけ伝えていきたい。

語る、というほど
大きなことではなくていい。
まずは、聞くことから。

その2週間後、さが桜マラソンの
ボランティアにも参加した。

事前説明にも参加して、
当日は沿道整理を担当した。

海の中道では給水。
さが桜マラソンでは沿道整理。

同じマラソンのボランティアでも、
役割が違うと
見える景色も少し変わる。

3月は、走る側ではなく、
応援する側にいた。

応援すること。
話を聞くこと。

どちらも、
目の前にいる人の存在を
しっかりと
受け取ることなのかもしれない。

新幹線は、まだ博多に着かない。
東京から博多までの5時間。

このように振り返ってみると、
意外といろんなことを思い出す。

移動時間は、
ただの移動時間ではないのかもしれない。

過ぎた時間を、
もう一度自分の中に戻す時間。

2026年3月。

自分は、誰かを応援する側にいた。
そして、人の話をしっかりと聞きたいと思った。

2026年3月のメモ

マラソン以外にも、
3月はいろいろあった。

・「歩こう。佐賀県。」を知った
LOVE FM FESにたまたま参加した
 そのとき、
 tofubeatsを生で初めて聞いた
・福岡と埼玉の二拠点生活を開始した
・ポケパークカントーを体験した
・ポケモンブライダルを体験した
・お世話になっていた
 地元のカードショップに挨拶した

福岡と埼玉の
2拠点生活を通じて
イベントに参加し、
人に会った月だった気がする。

全部をきれいに
書こうとすると長くなるので、
今回はマラソンと
応援の話を中心に残しておく。

走る人がいて、
応援する人がいて、
帰り道に話を
聞かせてくれる人がいる。

それだけで、
素敵な3月だったのかもしれない。

では、最後に一曲。
3月に知った、
この曲で締めようと思う。

DOTAMA で
「歩こう。佐賀県。」

またね。

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AI時代こそ、
過程が大事なのかもしれない。

最近、そんな問いが自分の中で
生まれている。

今は、調べれば何でも出てくるし、
AIに聞けば、
それっぽい答えがすぐ返ってくる。
「それっぽい」の精度も
日に日に向上している。
仕事でも、モノづくりでも、
これからもっと
「早く・うまく・それっぽく」
結果を出せる時代に
なっていくのだと思う。

便利になっていくこと自体は、
きっと悪いことではない。
面倒な作業を減らして、
本当に向き合いたいことに集中できる。
その意味では、
いい時代になっていくのかもしれない。

でも、少し気になることもある。

過程を飛ばして
結果だけを受け取ることに慣れすぎると、
自分の目で見て、
自分の体で感じて、
自分なりに考える力まで、
少しずつ弱くなるのでは?

AIが答えを返してくれる感覚は、
小中高のころ、
できる友達の宿題を見せてもらって、
答えだけを写していたときに
少し近い気もしている。

答えは埋まる。
提出もできる。
怒られないかもしれない。

でも、自分の力にはなりにくい。

なぜその答えになるのか。
どこで間違えたのか。
どこが分からなかったのか。

理解の過程を通らないまま進むと、
あとでどこかで苦しくなる。
基礎が身につかない。
AI時代にも、
少し似たことが起きているのでは?

少し面倒なこと。
少し遠回りなこと。
すぐに答えが出ないこと。

考える力や、
クリエイティブの力は、
遠回りの途中にある気もしている。

そんなことを考えていたときに
たまたま、熊本県の玉名に行った。
最寄りは新玉名駅だった。
温泉街があることは知っていたけど、
なかなか行けなかった場所だ。

これは、2026年1月24日(土)から
25日(日)にかけての話。

・なぜ玉名に行ったか?

きっかけは、
今年の1月にカフェで知り合った、
玉名出身の人との会話だった。

会話の中で、
玉名にある「つかさの湯」は、
博多ブログさんなら絶対気に入ると思う。
あと、私の地元を知ってほしい。
と、言われた。

今は、検索すればおすすめの場所は
いくらでも出てくるし、
SNSを見ても、
観光地や人気スポットの
情報はすぐに見つかる。

でも、リアルな人から
おすすめされる場所には、
優しさがあるかなと思う。

リアルな人からの
おすすめされる言葉には、
実際に玉名で過ごした
時間や気持ちが乗っている。
場所への温度も滲んでくる。
ただの「人気」ではなくて、
「私は玉名が好き」
という熱量が伝わる。

その熱量に惹かれる。

「つかさの湯」は、
地元の人が自然に集まる場所らしい。

地元の人が自然に集まる場所なら、
自分の夢のヒントになるかもしれない。
夢=カフェみたいなものをつくる
=人が自然に集まる場所をつくりたい
=プラットフォームをつくりたい

夢のヒントを探しに行こう!と思った。

・今回の旅のルール

今回の旅では、
一つだけ制約を設けた。

旅のあいだはWebで調べないこと。

目的は、「つかさの湯」に行くこと。
目的地だけは決まっていた。

でも、目的地以外の情報は、
できるだけ現地に行ってから
発見・体験したいと思った。

Googleマップは使わない。
事前にも、ほとんど何も調べない。

あえて、行く前に、
ネットで知識を入れないようにした。
知識を先に入れすぎると、
逆に新鮮さがなくなる気がしたからだ。

初めて行く場所なのに、
すでに知った気になってしまう。
町の風景を見たときの驚きも、
歩きながら感じる違和感も、
少し弱くなってしまう気がした。

目的地は「つかさの湯」。
でも、目的地以外のことは、
現地で見て、歩いて、聞いて、感じたい。

旅の途中で何に出会うのかも含めて、
「玉名」を感じたかった。

だから今回は、
過程そのものを楽しみたかった。
自分の感覚で旅をしたかった。
何がいいのか。
何が心に残るのか。
自分の目と体で確かめてみたかった。

Webや生成AIと、
あえて少し距離を
取ることで見えてくる価値。

体験自体を自分でつかむ感覚を、
大切にしたいと思った。

・新玉名駅にて

博多駅から新玉名駅へ
九州新幹線で向かった。
新玉名駅で降りたのは、
自分だけだった。

土曜日の遅い時間だったのもあると思う。
でも、観光客で賑わっている感じは、
まったくなかった。

駅に着いてまず、
駅に置いてあった紙の
「玉名旅手帖」を手に取った。

スマホではなく、紙。

紙の冊子を頼りに
旅を始める感じが、
今回の旅に合っていて、
少しうれしかった。

旅手帖を見ると、
「つかさの湯」の場所はだいたい分かった。
ただ、方向的にどちらへ
進めばいいのかが分からない。

しかも、
いつもメモはペンで書いているのに、
この日に限ってボールペンを忘れていた。

ちょうど近くに
GooDayがあったので入ることにした。
GooDayは、
九州ではわりと見かけるホームセンターだ。
ボールペンを買うついでに、
店内が空いていて、
しかも最後の客だったこともあり、
旅手帖の地図を見せながら、
店員さんに
「つかさの湯」の行き方を聞いてみた。

返ってきたのは、
「あそこの大通りを出て、
左にずっと行けば大丈夫ですよ」
という案内だった。

そのあと、
「今から観光ですか?」
という感じで話しかけられた。

玉名では、
観光で来る人が
あまり多くないのかもしれない。

でも、店員さんと少し会話をしたことが、
あとでどこかで話題になる可能性もある。
「今日、観光で来た人がいたよ」みたいに。

Googleマップを
見ながら移動していたら、
店員さんとの会話は、
たぶん生まれなかったと思う。

・星空と道まちがい

言われた通りに
「つかさの湯」へ向かった。
歩いていると、
空には満天の星が広がっていた。

Googleマップを
見ながら歩いていたら、
星空には
気づかなかったかもしれない。
最初からタクシーで
向かっていたら、
星空をちゃんと見ることも
なかったかもしれない。

歩くから気づくことがある。

歩く速度でしか見えないものは、
たぶん結構多い。

そんなことを
思いながら進んでいたけど、
なかなか「つかさの湯」に着かない。
しばらくしてセブンイレブンが見えたので、
店員さんに
「つかさの湯は近いですか?」
と聞いてみた。

返ってきたのは、
思っていなかった答えだった。
「逆ですよ」
と言われた。
どうやら、
いつの間にか道を間違えていたらしい。

来た道を歩いて戻る気力も時間もない。
そこでタクシーを呼ぶことにした。
セブンイレブンの店員さんが、
地元のタクシー会社に電話をしてくれた。
来るまで30分ほどかかると言われた。

待ち時間に、
コーヒーとたばこを買って、
久しぶりにジャンプを
少しだけ立ち読みした。

少年ジャンプを
立ち読みする時間そのものが、
なんだか少し懐かしかった。

少年ジャンプの中に、
ラジオの大喜利コーナーに
投稿するラブコメ漫画があった。
自分もラジオが好きなので、
ラジオとラブコメを
組み合わせているところが新鮮だった。

気になって、漫画の名前をメモした。
『さむわんへるつ』という作品だった。

目的は「つかさの湯」に行くことだった。
でも、待ち時間のジャンプで
『さむわんへるつ』に出会った。

あらかじめAIによって
最適化されたルートの中では、
起こりにくい出会いだと思う。

本来の目的とは
違うものに、
ふと興味を持つこと。
予定になかった作品に、
少し心が動くこと。

昔も今も偶発的な出会いは、
かなり大事だと思っている。

AIは、
目的に対して
最短の答えを返してくれる。
でも、最短ではないからこそ
出会える作品もある。
『さむわんへるつ』は、
そんなことを思わせてくれた
小さな出来事だった。
そしてラジオに
再びハマるきっかけにもなっていく。

・タクシーの中で

しばらくしてタクシーが来た。
乗ると、運転手さんに
「観光ですか?」
と聞かれた。

一眼カメラをぶら下げていたので、
観光客っぽく見えたのだと思う。
やっぱりすぐ分かるらしい。

「珍しいですね」と言われたので、
「観光客はあまり来ないんですか?」
と聞いてみた。

運転手さんは、
かなり率直に話してくれた。

観光客は来ない。
町は正直、元気がない。
若い人は減っているし、
人口も減っている。
昔は温泉街の近くにスナックも
たくさんあって賑わっていたけど、
今は全然だ。
インバウンドが流行っている今でも、
外国人すらほとんど来ない。

話を聞きながら、
頭の中にひとつの問いが生まれた。

資本を持っている人向け、
お金を持っている人向けの
インバウンドビジネスは、
本当に日本の地域を
元気にしているのか。

その問いは、
すぐに答えが出るものではなかった。
でも、気になったのでメモした。

・つかさの湯へ

ようやく「つかさの湯」に着いた。

中に入ると、
地元のファミリーが自然に集まっていた。
観光客向けというより、
明らかに地元の人たちのためにある場所、
という感じがした。

同窓会や宴会も
開かれているらしい。
温泉の湯船の数も多い。
サウナでは、
熊本や九州の高校が出ている試合のとき、
テレビのチャンネルが
固定されることもあるそうだ。

ただの温泉施設ではなくて、
地域の生活の延長にある
場所なんだと分かる。

自分が惹かれるのも、
地元の人の生活に
溶け込んでいる場所なのだと思う。
人が無理なく自然に集まり、
生活の延長として
存在している場所。

玉名に来たかった理由も、
その空気を感じたかったからだ。

・銀座という居酒屋

温泉を出たあと、
何かを食べたくなった。
近くに「銀座」という
居酒屋があった。
いかにも地元の人が集まる居酒屋、
という雰囲気だった。

正直、少し入りづらかった。
でも、
入口に「観光協会推薦」の札があったので、
それなら大丈夫だろうと思って入ってみた。

中に入ると、
地元の人たちでしっかり埋まっていた。
20代から40代くらいが
中心だったと思う。
カウンターに案内されてメニューを見る。
魚もあるし、ピザもある。
思っていた以上にバリエーションが広かった。

ビール、タコチヂミ、
ピザの小、ふぐの唐揚げを注文した。

一人で入るには少し勇気がいる店だった。
でも、実際に入ってみると、
土地の空気に一歩入り込めた感じがした。

居酒屋を出たあと、
近くの足湯にも行ってみた。

足湯にも、
地元の人が自然に集まっていた。
おそらく高校生っぽい人たちが
足湯に入りながら話していた。
聞こえてきたのは、
恋バナっぽい会話だった。

足湯につかりながら恋バナをする。
ものすごくエモい。
青春だなと思った。

でも、
おじさんが長く足湯に入っていたら
少し怪しまれそうな気もしたので、
自分はすぐに出た。

地元の高校生が足湯に集まって、
恋バナをしている。
観光案内には
たぶん載りにくい光景だけど、
玉名の空気を感じるには、
むしろ大事な場面だった気がする。

・最後はWebを

足湯を出たあと、
今度はどこに泊まればいいのか
分からなくなった。
時間的にもだいぶ厳しかったので、
ここで初めてWebを使った。

Booking.comで
空いているホテルを探し、
安く泊まれそうな
熊本駅近くのホテルを見つけた。
熊本駅までの終電に間に合うかどうかも、
Webで調べた。

どうしても効率を求めたい場面では、
Webを使うのは仕方ないと思う。
野宿するとか、
誰かの家に泊めてもらう
みたいな方法も、
たぶん世の中にはあるのだろうけど、
そこまでを
旅のルールにする必要はない。

今回やりたかったのは、
完全にデジタルを
否定することではなくて、
必要以上にWebに頼らずに
旅をしてみることだった。

・過程のこと

AI時代は、
プロセスを飛ばして、
結果だけがすぐに出力される。

これから先、
効率化はもっと進んで、
成果だけを
素早く出せる場面は、
どんどん増えていくのだと思う。

それによって、
本当に大事な仕事や、
コアとなる業務に集中できる。
その意味では、
良い時代に
なっていくのかもしれない。

でも一方で、
プロセスを楽しむことにも、
ちゃんと価値がある気がしている。

少し遠回りをしたり、
道を間違えたり、
人に聞いたり、
自分の目と体で確かめたりする。

考える力は、
遠回りの途中で育つ気がする。
クリエイティブも、
過程の中から生まれる気がする。

AIによってDXされた先に、
何があるのか。
DX=Digital Transformation
(超簡単に言うとデジタル化)

まだ答えは分からない。
ただ、少し面倒なことの中にこそ、
過程そのものを楽しめる価値が
あるのではないかと思う。

ここで言いたいAXは、
Analog Transformation のことだ。
(超簡単に言うとアナログ化)

デジタル化や効率化を
否定するための言葉ではない。
デジタル化やAI活用が進んだあとに、
もう一度、
手触りのある体験や、
自分の感覚で受け取る時間に
価値を見つけ直すこと。
アナログな過程を通して、
考えること、迷うこと、
偶発的に出会うこと。
今の自分は、
そんな意味で
AXという言葉を使いたくなっている。

ただ成果を出すだけではなく、
その過程で何を感じたか。
どう考えたか。
何が心に残ったか。

体験の中で生まれた感覚を
大切にする視点のことを、
今の自分は
AXと呼びたくなっている。

効率と、遠回り。
成果と、過程。
そのバランスを
大事にすることが、
AI時代には必要なのかもしれない。

まだ答えは全然分からない。
でも今言えるのは、
自分が楽しいと思えること。
好奇心に素直になること。
それを大事にしていきたい、
ということ。

たぶんこれからも、
少し面倒でも、
ちゃんと自分で
感じられるほうを選びたい。

動け、好奇心。


Webを使わずに行った、
玉名の夜には、
満天の星があった。

だからエンディングは、
ラジオみたいに、
ここで一曲、坂本九で
見上げてごらん夜の星を。


旅の写真アルバム
共有期限:2026/5/20

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はじめに

2026年2月は、自分の中で「外に触れる」と
「近くを大切にする」が、
同時に進んだ1か月だった。

韓国語を少し学んで、
実際に釜山へ行ったこと。
福岡のゲストハウスで
外国の方と話し、
その人の出身地や
街の空気に興味を持ったこと。
仕事で島根県隠岐郡海士町に行き、
「関係人口」という考え方に触れたこと。
LLMの理論を学びながら、
結局は数学の基礎に
戻ってくるのだと実感したこと。
そして、LTイベントやOST、
Webサイトづくりを通して、
「人が関わりたくなるものって何だろう」
と考えていたこと。

2月は外にも内にも動いた1か月でしたが、
あとから振り返ると、
全部が自分の中の同じ問い
につながっていた気がする。
ここで言う「問い」は、
人は、どんなときに
その場所(ローカルや地域)
や、モノ(サービス)に関わりたくなるのか

つまり「きっかけ」に興味がある。

外に触れたからこそ、
今いる福岡のことや、
自分が目指したい場所のあり方も、
少しずつ見えてきた。
そんなふうに、
考え(問い)と実感が
ゆっくり重なっていく1か月だった。

・韓国の釜山で実感したこと

2月は、韓国語の
ハングルを少し学んだ。
そして実際に、
韓国の釜山にも行った。
その前にパスポートを取得したことも、
自分にとっては小さくない出来事。

今回の釜山旅行では、
釜山出身の友人に
案内してもらった。
観光地を回るというより、
その土地で生まれ育った人
だからこそ
知っている場所や、
地元の人が普段食べるもの、
どういうふうに食べるのかという
文化まで教えてもらえたのが大きい。

同じ料理でも、
ただ「名物を食べた」
で終わるのではなく、
「この地域ではこうやって食べる」
という背景を知って食べると、
感じ方が
まったく違うんだなと思う。

旅行先の文化を知るなら、
その土地の出身の人から
学ぶのがいちばん面白い。
釜山では、それをかなり実感した。

簡単に言えば、釜山が好きになりました。
もっとローカルな場所を知りたいし、
もっと文化を知りたい。
たぶん今年、もう一回行くと思う。
うん、行くはず。
次は一人で行くかもしれません。

福岡から釜山までは飛行機で1時間ほど。
この距離感は、
福岡に拠点(住む場所)
があるからこそ、
実感できる面白さだよね。
東京にいるときとはまた違い、
アジアがぐっと近い。
韓国と距離が近い、
福岡に住んでいる魅力を、
改めて感じた。

ゲストハウスで学んだこと

福岡のゲストハウスに
泊まったとき、
外国の方の話を聞く機会があった。

その中で強く思ったのは、
「その国に興味がある」
という言い方だけでは
少し足りないのかもしれない、
ということでした。
大事なのは、
その人の出身の場所だったり、
その人が好きな都市だったり、
「その人にとっての土地」
に興味を持つことなのだと思う。

国名だけを知るのではなく、
その人の出身地にある文化や、
街の空気に関心を持つこと。
それは、相手を一人の人として
知ろうとすることにもつながっていく。

これは釜山でも同じでした。
釜山出身の友人に案内してもらったことで、
ガイドブックだけでは見えない食べ方や
感覚に触れることができた。

知らない文化に触れることは、
ただ知識を増やすことではなくて、
相手の見ている、
世界を少し想像してみること
なのかもしれません。

・LLMを学んで思ったこと

2月は、LLMの数学的な
理論も少し学んでいた。

LLMというのは、
大規模言語モデルのことで、
簡単に言うと、
大量の文章を学習して、
人の言葉のつながりをもとに
次に来そうな言葉を
予測しながら文章を作るAIの仕組み。
ChatGPTのような対話型AIの
土台になっている技術でもある。

普段使う分には便利だし、
すごい技術だなと思う。
でも、仕組みをちゃんと
理解しようとすると、一気に難しくなる。
数学や統計、線形代数の話が出てきて、
学べば学ぶほど
「これは深いな」と強く感じた。

同時に思ったのは、
やっぱり数学の基礎力や
大学数学は大事だということ。
最新の技術を追うことは
面白いけれど、
深く理解しようとすると
結局は基礎に戻ってくる。
これはAIに限らず、
技術全般に通ずる話かもしれない。

便利さや速さが注目される時代だからこそ、
基礎学力のような
土台を持っていることの
価値はむしろ上がっているのかもしれません。
基礎学力の向上自体を
普段の生活から楽しみながら取り組みたいと
最近は強く思う。

・「作る」&「関わりたくなる設計」

2月は、同僚たちが出るマラソン大会の
カウントダウンサイトも作りました。
いわゆるバイブコーディング的に、
勢いよく形にしたもの。
バイブコーディングというのは、
細かく設計を固めてから作るというより、
まず手を動かしながら、
その場の流れや感覚も大事にして
形にしていく作り方のこと。
ラフに試しながら、
テンポよく作っていけるのが
面白さだと思う。

ただ、自分の中では
「作って終わり」
には、したくなく、
ただの仕組みや、
ただのメディアでは終わりたくない。
普段からアクセスしてもらうには
どうしたらいいか、
大会を待つ時間そのものがちょっと
楽しみになるにはどうしたらいいか、
そんなことを考えていた。

誰かが一回見て終わるものより、
少し気にしてもらえるもの。
たまに開きたくなるもの。
そういう設計に、
自分はやっぱり惹かれているのだと思う。

技術そのものが好きというより、
技術を通して「関わりたくなるもの」
をつくることに興味がある。
この興味の感覚は、
自分の中でだんだんはっきりしてくる。

・島根県海士町で見えたこと

2月は、仕事で
島根県隠岐郡
海士町(あまちょう)
にも行きました。
島根県の自治体の中で唯一、
人口が維持されている
場所だと海士町の人から聞いた。

そこで印象に残ったのが、
関係人口」という考え方でした。
住む人と、
観光で来る人だけではなく、
その土地に何らかの形で
関わり続ける人たちがいる。
移住するかしないか、
住むか住まないかの
二択ではなく、
もっと間にある関わり方がある。

この考え方には、
自分の夢に
つながるヒントがある気がしてくる。

自分のいまの夢は、
いつかカフェみたいなものを
つくりたいと思っている。
それは単に飲み物を出す店をやりたい、
という話ではなく
人が自然と集まって、
ふらっと来て、
少し話して、
また来たくなるような場所をつくりたい、
ということ。

その場所に毎日いる人だけではなく、
たまに来る人、
気にしてくれる人、
応援してくれる人、
何かを持ち寄ってくれる人。
関わり方に幅がある場に惹かれている。

海士町で感じたのは、
街も場所も、
ただ所属するものではなくて、
関わり続けたくなるものなんだ、
ということでした。
自分がこれから
つくりたいもののヒントでもある。

・エンジニアカフェで広がった興味

エンジニアカフェで、
たまたま大阪出身の方と
知り合ったことも印象に残っている。
プログラミング言語
そのものの歴史を
体系的に学ぶ話になったり、
ミッドナイトピッザクラブ
というものの
魅力に興味を持ったり、
話がどんどん
広がっていった。
この広がりの雑談は
人でしか生み出せない。

さらに、
ネパールのランタン谷
につながったり、
HIPHOPは110BPMなのか、
みたいな話にも広がっていく。
普通に考えると
脈絡がないように見えるのに、
自分の中ではちゃんと
一本の線でつながっている
感じがあった。

こういう、気になったことを
少しずつ掘っていく
時間が好き。
何かの役に立つから
掘るというより、
その世界を
もっと知りたいから掘る。
そのような
知的な寄り道の積み重ねが、
自分の感覚(センス)
を少しずつ
育ててくれている気がする。

・アナログなものの強さ

2月は、シールや磁石のような
アナログなものの強さに
ついても考えていた。
実際にモノもつくった。

シール交換が
流行っている理由は
ひとつではないと思う。
少なくとも、手で触れられること、
渡せること、
貼れること、
簡単に並び替えられることには、
デジタルにはない魅力がある。

特にシールや磁石は、
何かのアイデアと
組み合わさったときの可能性が大きい。
固定された情報ではなく、
動かせる。入れ替えられる。並べ直せる。
その自由さが、
場づくりやコミュニケーションとも
相性がいいのだと思う。

便利さだけではなく、
触れられることの良さは、
これからもなくならない気がする。

・好きと主体性について考えたこと

2月は、自分主体でLTイベントも企画した。
テーマは、
「一生続くかもしれない『好き』はなんですか?」
です。

一生続く好き、
というのは簡単に
答えられる問いではありません。
でも、だからこそ面白い問いでもある。
AIの時代だからこそ、
人が何を好きなのか、
何に惹かれるのかには、
前よりも意味が出てくる気がしている。

効率化できることが増えるほど、
その人にしかない関心や
偏りの価値が上がっていく。
そんなことを思いました。
そして、「好き」を知ることは、
人を知ることでもあるのだと改めて感じた。

OSTというワークショップ形式も
仕事で実施した。
そこで感じたのは、
主体性は大切だけれど、
主体性の出し方は
人によって違うということ。

いきなり自分で問いを出すのが難しい人もいる。
でも、用意された問いの中から選ぶことも、
十分に主体的な参加だと思う。
主体性を求めるなら、
主体になりやすい入り口を
設計することも大事だよね。

自由にしていい、
だけでは人は動きにくいことがある。
だからこそ、
自由に入りやすい設計が
必要なのだと改めて思った。

Build for Local. という感覚

2月を振り返っていて、
根っこにある、
大切にしている行動の指針は
やっぱり 「Build for Local.
なのかもしれない。

遠くにある大きな何かのためというより、
まずは近くの人や、
今いる場所や、
自分が関わっている
場所に対して何を返せるか。
それを考えながら作ること。
それが自分にとっての Build for Local.

釜山に行っても、福岡の位置が見えてきた。
島根県隠岐郡海士町に行っても、
自分がつくりたい場所の輪郭が見えてきた。
マラソンのサイトを作っても、
ただ便利なものではなく、
関わり続けたくなるものを考えていた。
LTやOSTでも、
その人の「好き」や
「参加」のしやすさを大事にした。

全部、
近くの人や場所との
関係の中で考えていたことでした。

自分がつくりたいカフェみたいなものも、
たぶん同じです。
すごい場所じゃなくていい。
強い場所じゃなくていい。
でも、近くの人を大切にしながら、
作る人も、応援する人も、
ふらっと来る人も集まれる場所。

2月はいくつかの土地(ローカル)に
触れたけど、
結局はその考えに戻ってきた気がする。
外に出ることで、
むしろ自分が何をつくりたいのかが、
少しだけはっきりしてきた。

・おわりに

ということで、
2026年2月の振り返りはこのあたりで。

ラジオみたいに最後に1曲流すなら、
奥田民生の「さすらい」
かもしれません。

外に触れながら、
今いる場所のことも考えた2月だった。
島根県海士町や韓国釜山などの
場所に行って、地域を知り、
その地域の人の
考え方に触れながら、
結局はまた自分の足元に戻ってくる。
そんな2月の終わりに流すなら、
この曲がしっくりきます。

奥田民生「さすらい」。
またね。

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